ロンドン在住のみきさんのとことで、経験談として
アンカレッジ経由という懐かしい発言をしたら、驚かれてしまって・・・気持ちだけは若いつもりの私は軽く凹んでおります!
冷静に思い起こせば、、、、海外経験豊富な人と色々話をしても、アンカレッジ経由経験者って割と高齢な人が多いのよね、、、。世代は違うけど!

その昔、ヨーロッパ便は南回りと北回りに分かれていたとことまでは今と同じなんだけど、当時の北回りはソビエト連邦の上空を通れないので、アラスカのアンカレッジで給油して、北極上空を飛んでヨーロッパに入っていたわけです。
だからね、晴天の北極上空を経験してしまうと、ロシア上空なんてあーた!興ざめよ。北極上空の景色は綺麗!

アンカレッジ経由欧州便経験者って、何年かしたらきっと天然記念物になってしまうのかなぁ・・・って思っていたら、あることを思い出してしまった。

(あえて!)昔々、私はヒースロー空港を飛び立ち、アンカレッジでトランジットをしていた。
白熊の剥製横にある《うどん屋》のだしのにおいに心を惹かれつつ、『もうすぐ日本よ!』と、弱い心を叱咤し、買い忘れたお土産なんかを物色していた。
その時、偶然!当時イエロー・マジック・オーケストラ解散直前の坂本龍一を発見!
リュウイチ〜〜〜!と追いかけてみたら、全速力で走って逃げられ・・・、非常に充実したトランジットの待ち時間を過ごしていたと思う。
あ、そうだ!『アンカレッジにいるから、成田へのお迎えを忘れないでね』って、東京に電話をしようと思い立った!
しかし、、、アンカレッジはアメリカ。欧州帰りの私はドルを一切持っていない・・・。

そして無事、成田に到着し、税関のオヤジに『スーツケースの中を開けてください』と、まさかの展開になり・・・『女子高生の下着が見たいの?』とかとにかく言いたい放題言って、無罪放免。
『お父さんもお母さんも待ち疲れているかな?』なんて、迎えが来ているであろう場所に行ってみると、、、友達の親は勢ぞろいなのに、うちの親はいない。
何の因果か?友人たちをみんな送り出し、、、哀れんだ友達の親が送ってくれるという親切も丁重に辞退し、親を待った。
こりゃ、おかしいぞ! と、流石に思い始め家に電話をしてみると、出ない。
あ、渋滞に巻き込まれているんだわ!と、勝手な解釈をして待っているとかなり侘しい状況になってきた。
おぉ!うちのオヤジは携帯電話を持っているんだった!(しかも、不恰好なショルダータイプ)
かけてみると、出た!
・・・今でも忘れないよ、この会話。

『もしもし!』と、ご機嫌斜めな私。

『あ、帰ってきたのか?』と、オヤジの間の抜けた変な返事。

『何やってんのよー!成田に向かってるの?』

『は?今、お母さんと焼き肉屋』

『・・・』

『お前、何にも知らないのか?』

『何よ!迎えに来ないで焼き肉を食べなきゃいけない理由とかあるわけ!?』

『よくわかんねぇんだけど、アンカレッジ経由の飛行機がソ連に撃墜されたっていうから、焼き肉を食いに来たんだよ』

『はぁ??でもなんで焼き肉?』

『ほら、迎えに行っても無駄だし、これから色々忙しくなるだろ』

どう思う!?この親の態度!


結局私は、重たい荷物を押しながら電車で帰宅をする羽目に・・・。

大韓航空機の撃墜事件と同じ日に同じアンカレッジ経由で帰ってきた娘を、何一つ確認しないで、勝手に亡き者にして、仕方がないからスタミナだけでもつけておけ!と焼き肉を食べに行く親って、酷いでしょ!?しかも、あれはアメリカ便だったんだよね・・・。
一体、どんな思考回路になっているか、、、あの二人を親に持ってかなりな時間が経っているのに、未だによくわからない。
『無事でよかった』と、喜んでいる母だって、一緒に勘違いして、焼き肉を食べてたし・・・。



2008.02.23
本日1月31日は愛妻の日なんですって。
詳しくはこちらをどうぞ!
私の夫は日本人なので、日本ではこのような日ができて、こんな活動をしているんだぞ!と説明をしておいたんだけど、今夜はきちんと帰ってくるのやら?ま、一歩家を出てしまえば忘れてしまうんだろうな〜。
人の苦労を労わずにとっとと飲みに行ってしまったような男だし・・・。

で、、、実は昨日の続きがございまして、、、
面会時間ギリギリにやってきた新米親父は、新生児室に走って行き、2分くらいしかわが子を見ることができず、、、私の病室に戻ってから、爆弾発言をしたのです!
お産の痛みやら苦しみが癒えていない上に、食べ物も飲み物も摂取できない状況だったので、ゲ〜ゲ〜吐いて点滴をされている私に
男の子の年子が欲しい!と。

普通、産後に点滴をしている奥方に「年子で子供が欲しい」と言えるものかしら?確かに双子が欲しいと、妊娠初期に私は言ったけど・・・
呆れてしまって、開いた口が塞がらない。
実は、ゲ〜ゲ〜吐き過ぎて、顎関節症を起こし顎が外れてしまっているのに、「大丈夫よ」の一言で片付けられて本当に口が塞がらない半開き状況だった・・・
この件は、珍しく母が怒り狂って後日解決するんだけど・・・辛かった〜。

私がそんな状況なので、わが子を抱くことができず、新生児室のガラス越しで観察するしかなくて、その時は寂しかったけど、今に思えば楽だった。
でも、新生児の100gとか200gって見て分かるくらい大きさが違ってて、長男が妙に小さく見えて看護婦さんに「小さいけど大丈夫かな?」って相談までしてしまった。
私が出産した病院は、去年1100g代の未熟児の心臓の手術を成功させた病院なので、新生児室の看護婦さんはちょっと小さいくらいじゃ驚かないのね。
「あはは、全然小さくないわよ、ここには手のひらに乗るようなサイズの子だっているんだから」って。

子供を生かす努力を多くの人がやっているというのに、最近は殺してしまう事件が多すぎだと思いませんか?

もしも、私が子供に殺されたら・・・「そんな風に育てちゃったし、仕方ないな」って、親だから思うけど、親が子供を殺すって・・・考えられない。

確かに、ボコッた事はあるけど、それ以上にはどんなに頭に血がのぼってもできないな〜。
今そんなことを試みたら、返り討ちに遭ってしまうだろうけど・・・。

時々、彼らが生まれたときに事を思い出すって、大切かもね。



2008.01.31
私のHNゆき珠って、こうなんだって。
チミの2008年カード

ゆき珠の2008年カード

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ついでに・・・
チミの適正職業カード

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チミの恋愛傾向カード

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意味わかんない・・・

チミに足りないものカード

ゆき珠の足りないものカード

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いったい、この人は何者?
妙に情けないなぁ・・・



2008.01.25
ふろっしゅさんも読書三昧のようだけど、
今、浅田次郎の≪天切り松闇語り 第二巻 残侠≫というのを読んでいて、ふとある人を思い出したのでちょっと書いてみることに・・・

私が小さいころ、母が寝込みがちだったので、近所のおばあちゃんが私の世話をしてくれていた事があった。
その縁で、母が元気になってもいつでも私たちのそばにそのおばあちゃんがいた。
誰よりも素晴らしく物分りがよくて、晩年は思春期の私の良き理解者だった。
このおばあちゃんは、人形町の鳶の親方の娘だったこともあって、とにかく粋な生き方をしていた、天然記念物クラスの江戸っ子。(もう、あんな人は絶滅したんじゃないかな?)
15で板前と駆け落ちをし、一生結婚をすることなく、後年は養子をせっせと育て上げたという人。

今、生きていれば100歳を越えている人だから、明治の女なのよね。
小さい体でいつもシャキっとしてて、いい女だった。いくつになっても良い意味での色気のある人。
口も悪いけど、言うことは彼女なりの筋が通ってて、私の父が言い返すことができなかった唯一の相手。

だから、私なんかもそのおばあさんから着付けを習ったんだけど、
「田舎もんじゃないんだから、こう着なきゃ駄目だよ」って言うもんだから、えい!って色っぽく着てみようとすると
「堅気の娘がそんな着方をしちゃ駄目」って言われるし、彼女のいう《粋》が、同じ江戸っ子でもなかなか理解ができなかった。
父なんかも、浴衣を着ていたりすると「田舎もんのヤクザみたいな着方をするんじゃないよ」って叱られていたっけ?

とにかく、晩年は私を引っ張りまわして色々なところに一緒に行ったけど、年寄りをつれて歩いているという感じじゃなくて、気の会う友達と一緒に遊び歩いているって感じだった。
おばあちゃんなんだけど、「おばちゃん」と言わないと叱られちゃうので、ずーっとおばちゃんのまんま。

時々、このおばちゃんの事を、思い出すのね・・・ 本を読んでいて思い出す事も多いけど・・・
彼女の生きてきた経緯を断片的に聞いたら、あまり良いイメージを受けない人も多いと思う。
だけど、私が19とか20歳くらいの時まで、見せてもらった生き方って、決して華やかじゃないけど、潔くて・・・清潔なの。
言い訳をしなきゃならないような事を一切しないというか・・・

そろそろそんな生き方を見習わなきゃならない年になったような気がしてきた。


2008.01.23
謹賀新年08

ブログを始めて2度目のお正月を迎えることができました。
正直、三日坊主になるかと思ってはじめたものの、なんとなく順調に続いています。
きっとそれは、ブログを通じて素敵な人たちと出逢ったからでしょうね。
《珠色Blog》を支えてくれた多くの方々に感謝です!

そんな私・・・
去年は何も考えず、新年を迎えたわけですが、今年は目標を作ったぞ〜!

セコク小銭を貯めて、ヘソクリをつくる!

世間一般の殿方たちは、世の奥方たちは誰もがヘソクリを持っていると思っていらっしゃるようですが、これがねー実はそうじゃないんですよ。
特に私はダメ!
宵越しの金に対しての罪悪感という、、、オゾマシイDNAが体内を巡っているんでね。
臨時収入なんか入ったらすぐに「美味しいものを食べに行こう!」とか言っちゃうし、
ヘソクリを貯めるために別口座を作っても、「私の口座に○○ユーロ入ってるから使う?」とか言っちゃうわけ。
いざという時ならそれもいいけど、ちっともいざじゃないの。だから、隠し財産というのがビタ一文、1セントすらない・・・。
あるとしたら、バッグの底に転がっている1ユーロコインとか、、、その程度。

だけどね、妙齢の専業主婦としてはそういうのんきな生活ぶりじゃいけない!って気付いたわけよ、、、今さらながら。
宵越しの金は、持たなきゃならないのよ!
DNAと戦うというのは、恐ろしく大変なことだけど、なんとか頑張ってやろうと、密かに企んでいるのでございます。

来年の今ごろ・・・
ヘソクリあるよ〜♪と堂々と言えたらいいな・・・


そんなわけで、今年もよろしく〜♪ 


ついでに
ちょっとドイツの2008年1月1日0時の様子を見てみます?

2008.01.01